ニュースの概要
愛媛県今治市で、小説「汝、星のごとく」の舞台を歩くための聖地巡礼ガイドブックが登場した。今治経済新聞が伝えたもので、特徴は読むだけの冊子にとどまらない点にある。訪れた場所で気づいたことや感想を直接書き込み、自分だけの旅の記録に仕立てられる。原作は凪良ゆうさんの小説で、2023年に本屋大賞を受賞した。読み継がれる人気作を地域の街歩きにつなげる試みであり、小さな冊子の工夫が観光の考え方にどう響くのかを、本稿では考えてみたい。
引用元: 今治で「汝、星のごとく」聖地巡礼ガイドブック 書き込みで旅の記録に(今治経済新聞)
分析・見解
読むだけの本から書き込む本へ変わる意味
聖地巡礼とは、物語の舞台や撮影地を訪ねる旅のことだ。これまでの案内冊子は、地図と写真を載せて「ここへ行ってください」と伝える、一方向のものが多かった。今回のガイドブックは、書き込みを前提にしている。訪れた日付、感じたこと、目にした景色の記憶を、ページへ直接残せる。
この違いは小さく見えて大きい。案内を受け取る側から、記録をつくる側に回るからである。旅を終えたとき手元に残るのは、出来合いの冊子ではなく、自分の言葉で埋まった一冊だ。捨てにくく、人にも見せたくなる。
作品の世界観と書き込み式の相性がよい理由
「汝、星のごとく」は、瀬戸内の島で育った若者たちの長い歳月を描く物語だ。島ならではの息苦しさや、人と人との距離の取り方といった、目に見えにくい感情が核にある。こうした作品の巡礼では、名所を写真に収めるだけでは足りない。その場所で何を感じたかが、旅の中心になる。
書き込み式の冊子は、その感情を受け止める器になる。景色の前で立ち止まり、一行だけ書く。この動作が、読書の記憶と実際の旅を一本の線でつなぐ。写真は誰が撮っても似るが、書いた言葉は一人ひとり違う。
先行する聖地巡礼の仕組みと比べて見えること
これまでの聖地巡礼では、地域のスタンプラリーや、喫茶店などに置かれた「聖地ノート」が定番だった。ノートは訪れたファンが自由に書き込める帳面で、ファン同士の交流を生んできた。ただし現地に置かれるため、書いた本人の手元には残らない。スタンプラリーは集める楽しさがある反面、感想を残す余地が小さい。
今回の形は、この二つの良いところを一冊にまとめたものと見ることができる。記録は持ち帰る側にあり、地域側には「また来る理由」が生まれる。空欄のままのページが、次の訪問の動機になるからだ。
話題が落ち着いた後も使われ続けるかが問われる
課題は、熱が冷めた後である。原作は小説として読み継がれるので、話題が一過性で終わりにくい強みはある。一方、冊子は更新しなければ古くなる。閉店した店、変わった道順、終わった催しが載ったままでは、体験を損なってしまう。
改訂のしやすさと、掲載店との協力体制が、息の長さを決める。一冊の売上で測るより、年に何度か訪れる人が何人増えたかで評価するほうが現実的だろう。冊子はゴールではなく、再訪を促す入り口と考えたい。
ビジネスへの影響
小さな冊子を地域の収入につなげる設計
自治体や商店が学べる点は、必要な費用の小ささである。大型イベントを開かなくても、印刷物一つで来訪の動機をつくれる。ただし冊子単体の売上は限られる。大切なのは、載せた店や施設での飲食・購入に結びつける設計だ。例えば、訪問地ごとに店頭で押せる小さな印を用意する、書き込み欄に「おすすめの一品」を設ける、といった工夫が考えられる。巡礼者の滞在時間が延びれば、周辺の消費も自然に増える。
宿泊施設にとっては、客室に冊子を置くだけで連泊の提案材料になる。一日で回りきれない構成にしておけば、二日目の予定を立ててもらいやすい。
他の地域や企業が真似るときの注意点
まず、作品の権利者への確認が欠かせない。作品名や場面の画像を使う場合、著作権や商標の扱いを事前に整理する必要がある。公式に認められた形で作るか、作品名を前面に出さず舞台の雰囲気だけを伝える方法もある。
次に、効果の測り方である。配布部数だけでなく、冊子のQRコードの読み取り回数や、店頭での提示回数を数えれば、どの場所が人を呼んだかが分かる。数字があれば、翌年の改訂で人気の低い場所を差し替えられる。
最後に、住民の暮らしへの配慮である。住宅地や私有地を載せない、静かに歩くよう注記する。こうした約束事を冊子自体に書いておくと、苦情を減らせる。
観光以外の分野にも応用できる考え方
「受け取る冊子」を「記録する冊子」に変える発想は、観光以外にも使える。企業の社内研修や店舗の来店案内でも、書き込める余白を設けると、利用者が自分ごととして使い続ける。配るものに余白を残す。この小さな判断が、関係を長く保つ鍵になる。
