ニュースの概要
ナショナルジオグラフィック日本版が、古代都市トロイアを訪ねる『オデュッセイア』の聖地巡礼を紹介している。トロイアはトルコ北西部の丘にあり、ホメロスの叙事詩に描かれた戦争の舞台として知られる。長く物語の中の町とされてきたが、十九世紀の発掘で幾層もの都市の跡が見つかり、現実の遺跡として研究が積み重ねられてきた。旅人は、英雄オデュッセウスが十年かけて故郷を目指した航路を思いながら、城壁や石組みの跡を歩く。物語と土の下の証拠が重なり合う場所を、実際に歩いて確かめる試みである。
引用元: 失われた古代都市トロイアへ 『オデュッセイア』の聖地巡礼(ナショナルジオグラフィック日本版)
分析・見解
土の下に九つの都市が重なる遺跡の特徴
トロイアの丘は、一つの町の跡ではない。同じ場所に何度も町が建て直され、少なくとも九つの層が積み重なっている。最も古い層は紀元前三千年ごろまでさかのぼり、最上層はローマ時代まで続く。
つまり遺跡は「ある日の戦場」ではなく、三千年以上の暮らしの積み重ねである。どの層が叙事詩の舞台に当たるのかは、今も研究者の間で意見が分かれる。
発掘の歴史そのものが教訓になっている
この丘を世に知らしめたのは、十九世紀の実業家ハインリヒ・シュリーマンである。彼は叙事詩を史実と信じて掘り進め、深く掘りすぎて、より古い層を壊してしまったとされる。物語を信じる力が発見を生み、同時に証拠を傷つけた。
その後、二十世紀にはブレーゲン、一九八〇年代末からはコルフマンらの調査団が、層ごとに丁寧に記録する方法を取った。熱意に頼る調査から、手順に頼る調査への転換である。ここに、情報の扱い方の進歩が見える。
物語は史料ではないが、無価値でもない
では『オデュッセイア』は役に立たないのか。そうではない。叙事詩は、紀元前八世紀ごろに文字で固められるまで、長く口伝えで受け継がれた。その間に、青銅器時代の記憶と後の時代の風習が混ざっている。
読む側の心得は二つある。一つ目は、物語をそのまま事実と見なさないこと。二つ目は、物語を完全な作り話として捨てないこと。出来事の細部は怪しくても、都市が実在し、交易の要所だったという骨格は、発掘と整合している。
聖地巡礼が現地を変える力
文学や映画の舞台を訪ねる旅は、近年あちこちで広がっている。トロイアも例外ではなく、一九九八年に世界遺産へ登録されてから、訪問者が増えた。観光は遺跡の保護費用を支える一方、踏み荒らしや過度な復元といった負荷も生む。
物語の魅力が人を動かし、人の動きが遺跡の寿命を左右する。この循環をどう設計するかが、これからの課題である。
ビジネスへの影響
不確かな情報を層に分けて扱う習慣
トロイアの調査は、出土品を「どの層から出たか」で整理することで前進した。企業の情報管理も同じである。社内の数字や顧客の声を、確認済みの事実、推測、伝聞に分けて記録する。それだけで、会議での議論の質が変わる。
たとえば市場規模の予測を使う場合、出典と前提条件を併記する。後から前提が崩れても、どこを修正すればよいかがすぐ分かる。
熱意が証拠を壊さないための歯止め
シュリーマンの失敗は、新規事業でもよく見られる。構想に惚れ込むほど、都合の悪いデータが目に入らなくなる。対策として、開始前に「撤退の基準」を数字で決めておく方法がある。例えば三か月で見込み客二十社を獲得できなければ見直す、といった具合である。
物語の力を、顧客との関係づくりに生かす
一方で、物語は人を動かす強い道具でもある。自社の歴史や製品の背景を、事実に基づいて語れば、価格以外の理由で選ばれる。大切なのは、語りと証拠を分けて示すことだ。感動的な話の隣に、実績の数字を置く。この二段構えが信頼を支える。
